心気症
重病になった不安へのとらわれ
心気症は、(実際なっていない)重病にかかったとの不安にとらわれる精神不調です。
背景には大抵うつ病や不安障害がありますが、それを認識しにくく、体の不調にこだわります。
治療の柱は、「精神不調が体の不安につながっている」事の理解。そのうえでうつ病等の治療をします。
もくじ
(1)はじめに:心気症
心療内科、精神科の病気。今回は「心気症」についてやっていきたいと思います。よろしくお願いします。
確かに、体の病気においても「早期発見・早期治療」が大事とよく言われます。
一方で、実際は病気がないにもかかわらず、「重い病気ではないか」という考えにとらわれすぎ、生活に影響が出てしまう場合があります。この不調を「心気症」と言います。
今回は、この「心気症」について見ていきたいと思います。
(2)心気症の例
まず、「心気症の例」ということを見ていきます。
ある方の例ですけれども、お父さんをある日、胃癌で亡くしたという方です。
その後、「自分も胃癌になるのではないか」という強い不安にとらわれるようになり、さまざまな医療機関を受診しました。
そのたびに「胃癌ではない・正常だ」というふうな結果が返ってくるんですけれども、この病気への不安は続いてしまい、受診を繰り返し社会生活に大きな影響が出ている。こういった例になります。
(3)心気症とは?
この「心気症」、まとめると「実際にはない病気への強いとらわれと不安」です。
<心気症について少し詳しく>
心気症では、実際にはない「重い病気になっている」との思いに強くとらわれます。
そのために内科などを受診して検査をすることを繰り返す、また人によっては逆に(必要な)検査を回避してしまう方もいます。
検査をした場合「正常」の結果が返ってきますが、それでも不安やとらわれが続き、社会生活に影響が出てしまいます。
<心気症の疫学など>
年代としては成人期早期で発症しやすいとされます。
男女差はないとされまして、罹患率は諸説ありますが、海外では内科外来に通う方の3から8%がこの心気症だという報告もあります。
そして、近親者、親族の方などの病死や重病罹患などのストレスが背景にあることが多いとされます。
(4)心気症の診断
今DSM-5では「体の症状」があるかないかで診断が分かれます。
症状がある場合に関しては、「身体症状症(または身体表現性障害)」と言われます。もう一つ症状がない場合に関しては「病気不安症」になります。これらの診断基準を見ていきたいと思います。
<身体症状症の診断基準の要点>
A:一つ以上の苦痛困難を伴う身体の症状がある
B:囚われが実際にある((1)-(3)の中の一つ以上)
(1)自分の症状の深刻さについての不釣合なまでに強くかつ続く「考え(思考)」
(2)健康や症状への続く「強い不安」
(3)症状や心配に対して過度に時間や労力を費やしてしまう
C:「症状がある状態が続く」典型的には6か月以上続きます。
<病気不安症」の診断基準の要点>
A:体の病気への・重い病気への強いとらわれ
B:身体症状に関しては、「ない」か「ごく軽度」
C:健康への強い不安がある
D:過度の受診等か不適切な受診の回避がある。
E.F:6か月以上続き、他の病気では説明ができない
(5)心気症の併存症
心気症において、多くの場合で「うつ病圏」うつ病や不安障害を合併します。一説によっては8割以上とも言われます。
ただし、しばしばそのことが認識をされない、「あくまで体の不調だという認識(認知)」というところがあります。
いわゆる「仮面うつ病」と非常に似た状態になっています。
(6)心気症の治療
一番の要点は「現実・現状の受け入れ」。
心気症の治療、大きく3つ見ていきますと、1つ目が「疾患の理解」というところ、2つ目が「薬の治療(薬物療法)」、3つ目が「生活への集中」になります。
①疾患理解
要点は、あくまで「精神的なメンタルの不調が体に来ている」事の理解です。
<説明のポイント>
うつ病などの精神不調が、症状や病気への不安に置き換わっています。
そして置き換わった不安に関しては、いくら調べても異常は出ないので、それを調べても症状が続いてしまいます。
対策としては元の精神不調に対しての治療をするのが、結果として一番近道です。
<実際は難渋することが多い>
実際には説明しても、「あくまで悪いのは体だという認知」に関してはなかなか変わりにくいです。
ただ、これは治療で非常に大事なので繰り返し説明していきます。
その中で「一つの「トライアル」として薬を使ってその変化を見てはどうか」という話し合いをすることは、現実的にはありえるかと思います。
②薬物療法
<本人の同意が前提だが>
この薬物療法、前提としてはあくまで「ご本人さんの一定の同意がある」ことが大事です。特に抗うつ薬に関しては続けて使わないと効果が時間差でしか出ないので、ご本人さんの一定の理解や納得がないと治療が困難です。。
ただし、しばしば認知の問題があり、完全な同意とはなりにくいところがあります。
そのため、現実的には、できることをやってみるというある種「消極的な同意」から治療を開始していき、その上で結果を見つつ徐々に疾患理解と同意を深めていくこともあります。
使う薬の候補としては大きく3つです。「抗うつ薬」「抗不安薬」「漢方薬」になります。
<抗うつ薬>
うつ病や不安障害がある時に関しては多くの場合、第1選択になります。
ただし、効果までの期間がかかり、かつ治療初期に副作用が出る特性のため、なかなか同意と治療開始に難渋しやすい面があります。
なので、導入を行いやすいスルピリドなどから始めるのも現実的な選択肢です。
<抗不安薬>
即効性があって、効果を見ることで「疾患理解」にもつながりやすい面があります。
ただし依存があるため慎重に検討する必要はあります。
そのため効果は弱いが依存がない「タンドスピロン」を使うのも選択肢です。
<漢方薬>
効果は弱いですが、副作用がなく安全に使うことができる薬です。
そして、「メンタルの薬は嫌だけど漢方なら大丈夫」となるなど、心理的抵抗感が少ない点では導入には有利です。
ただし、効果はしばしば弱いため、効果が芳しくないことが続く場合は、他の向精神薬も相談しながら検討していくことになります。
③生活への集中
<不安の悪循環>
どうしてもこの「病気・症状への不安」に関しての悪循環があります。
体の症状や病気不安に集中してしまう。そうするとこの症状や不安を軽いものでも拾ってしまい、さらに症状が悪化してしまう。そしてまた、症状や不安に集中する。この悪循環になってしまうことがあります。
<切替え:症状はなくしにくいが共存できる>
ここで、症状や不安に対しての一つの「切り替え」が大事です。
この症状や「病気への不安」をなくすことは現実的に困難です。
ただ一方で、症状や不安はある中でも、今の生活を続けていくことはしばしば可能です
<対策の方向性>
ここを元に対策の方向性を取っていくと、これはいわゆる森田療法やACT療法への感覚と近い方向になります。
まず症状や不安に関しては、もう無理してなくそうとせず、受け入れて共存していく。
そして、「自分自身が人生で何をやっていきたいのか」を明確にしていく。
そのうえで、日々不安症状はあるけれども、そこにとらわれ過ぎずに目標・方向性の為に「すべきことをやっていく」。
それを続けていくことで、結果的にいい方向に向きやすくなります。
(7)まとめ
今回は心療内科・精神科の病気「心気症」について見てきました。
心気症は「(実際にはない)重い病気ではないか」というとらわれ・不安とが強い状態です。
そして、しばしば背景にうつ病や不安障害が合併しています。
症状にとらわれる「身体症状症」、あとは不安そのものにとらわれる「病気不安症」の2つがありますが、対策の方向は概ね共通しています。
治療としては、まずは「精神の不調が病気への不安や身体症状になっている」ことを理解した上で、抗うつ薬など薬の治療をしていきます。
そして、不安などに関しては、無理してなくさずに共存をしていき、不安や症状を持ちつつも「日々すべきことをやっていく」ことが、結果大事になってきます。
著者:春日雄一郎(精神科医、医療法人社団Heart Station理事長)