底つき体験

逆境から現実に直面する体験

「底つき体験」は、困難な現実に直面、取組みを始める体験です。

 

アルコール依存症で有名、他でも「病識」獲得への鍵になります。

 

動画:底つき体験

もくじ

 
  1. (1)はじめに:底つき体験
  2. (2)底つき体験とは
  3. (3)底つき体験への反論と対策
  4. (4)底つき体験の対象疾患と実際
  5. (5)まとめ
  6.  

(1)はじめに:底つき体験

精神科・メンタル分野の言葉。今回は「底つき体験」についてやっていきたいと思います。よろしくお願いします。

精神疾患には、薬の治療も含め、さまざまな改善の取り組みがあります。

この前提には「疾患の受け入れ」ということがあります。受け入れがあれば、あとは自発的に改善が望めることすらあります。

一方で、この受け入れというのが時に非常に困難なことも少なくありません。

受け入れない「否認」から受け入れに移る。このきっかけは何か。

今回はこの底つき体験について見ていきたいと思います。

(2)底つき体験とは

底つき体験は、「逆境に直面し、受け入れる体験」です。

<底つき体験とは>

底つき体験は、依存症などをこれまで否認してきた中で、強い逆境への直面を通じて、現実の受け入れを始める体験です。

まず否定する「否認」の状況があって、これに対して「底つき体験」があったことによって、受け入れの方に進んでいきます。

<底つき体験の例>

まずは、ご家族がいなくなってしまうような、そういう家庭的な経験。

人によっては、今は生活の維持が困難になってしまう「経済的な経験」。

人によっては社会的な立場を失うことなどがあります。

<底つき体験には個人差がある>

ご質問としては「底つき体験は重大なことが必要ですか」ということがあります。

これは「実際には個人差があります」とお答えします。

何が「底つき」になるかというのは、人によってかなり個人差が大きいところです。

確かに大きな打撃が「底つき」になりやすい部分はあります。

ただ一方で、人によりよりほかのタイミングで「底つき」を体験することもありえます。

<底つき体験の影響>

まずはこの体験によって現実を否定せず、否認せず受け入れるようになってきます。

そして今後の目標が明確になり改善につながることもあります。

ただし、一方で心理的打撃は大きく、うつなどに陥ってしまうリスクも否定できません。

<受け入れからの改善>

障害の種類等よっては、受け入れただけで自ずと改善に向かう場合もあります。

そして、受入れにより薬物療法などの治療を自発的に行えるようになることが大きな点です。

そして、改善への取り組みも試行錯誤しつつも続けやすくなります。

<受け入れの注意点>

まずは強く直面することによる「うつ状態のリスク」があります。

そして、ストレスなどから一回は受け入れたけども、一時期逆戻りし「否認」に戻ることもあります。

そして「衝動との闘い」等の病気自体への試行錯誤は、基本的には続きます。

なので、この「底つき体験」は大事な体験ですが、あくまで即効の特効薬ではありません。

(3)底つき体験への反論と対策

「過酷な体験は必ずしも必要か?」がポイントです。

<代表的な「底つき体験への反論」>

まずは「精神的・社会的打撃が大き過ぎる」という指摘があります。

続いて「直面に耐えられない場合もある」ことが言われます。

そして、「第三者が底つきを促すということへの違和感」も時に指摘されます。

<対策:「底つきの底上げ」>

ここでは冷静な介入を通じ、影響が多大になる前の段階での底つきを促します。

その結果影響を減らしつつも直面・受け入れにつなげていきます。

<底上げへの介入>

方法としては「相手の人格へのリスペクト」は明確に示しつつ、逆に問題の行動は冷静に示し、その改善案の実践を促します。

これを地道にやっていきます。

ただ、こうした反論はありますが、「底つき体験自体への重要性」とに関しては、おおむね一致しているかと思います。

(4)底つき体験の対象疾患と実際

病名により形は一部違いますが、共通点は多いです。

<底つき体験の対象疾患の例>

まずは「アルコール依存症」が一番有名です。

そのほか、病識などを持ちにくい疾患がであれば一般的に対象になります。

例としては「統合失調症」「発達障害」「パーソナリティ障害」があります。

①アルコール依存症

ここではアルコール依存によっり精神面、対人面、健康面など大きな打撃を受ける場面があります。

その結果、現実に直面して「断酒」へと舵を取っていきます。

ただし、この依存は脳のレベルで非常に根深いため、気持ちを持つことは第1歩ですが、その後の試行錯誤の継続も必要です。

②統合失調症

統合失調症でなかなか「病識」を持ちにくい場合、再発を繰り返し、生活等への影響も強まってしまいます。

その中で現実に直面をして治療の必要性を実感するというところです。これはもう「改善」にとって非常に大きな一歩です。

ただし、どうしても再発のリスクや、その際に一時的に病識が消失するリスクがあることには注意が必要です。

③発達障害

なぜかうまくいかず、孤立したり、批判される・誤解されることが続く場合。

この発達障害の特性に直面して、そこから改善を目指していくことになります。

これは非常に大事な一方、特性自体は根強いため、「強みを生かして弱みをカバーする」地道な反復練習の継続がその後必要です。。

④パーソナリティ障害

考えなどの偏りから主に他者が影響を受けて結果、ブーメランのような形で「孤立」することがあります。

そうした時に現実や特性に直面して、「このままじゃいけない」と改善を図りはじめます。

ここでは「直面するだけ」で改善をする場合も少なくありません。

ただ一方で、必要時はスキルトレーニングなどをしていきます。

例えば「衝動性」が問題になれば「衝動を抑える」そういうスキルトレーニングをすることがあります。

(5)まとめ

今回は、精神科・メンタル分野の言葉「底つき体験」について見てきました。

「底つき体験」は逆境に直面し、現実を受け入れる体験です。治療の取り組みを始める大事な一歩になります。

一方で「底つきまでの心身の影響の大きさ」への批判もあり、「底つきの底上げ」的な早期介入が行われる場合もあります。

アルコール依存症が「底つき体験」において有名ですけれども、そのほか「病識」が大事になる各種精神疾患・障害でも同様の概念が有効です。

具体的には、統合失調症や発達障害、パーソナリティ障害への受け入れにも、時にはこれが起こることがあります。

著者:春日雄一郎(精神科医、医療法人社団Heart Station理事長)